風花

零弐年 閏月 拾伍日

 

 

「氷室丸様ッ!」

 

 鋭い男の声が己の名を呼ぶのが遠く聞こえると同時に、細い女の手が伸びて、肩を抱かれた。見上げるといつもは長い黒髪をゆるりと背中で束ね柔らかく笑う女は、いまや、その長い黒髪をきりり、と頭の頂点で結び、白い鉢巻きをして毅然とした眼差しで男の声がした方角を見据え、左手できつく己の肩を抱き寄せる。女の右手に持つは、自分の身長ほどもある、薙刀。閉ざされた一室には薄暗い行灯の灯りが一つ、ゆらりと揺れている。その室内で、薙刀の刃は異様な瞬きを見せた。

「…乳母や。」

「大丈夫ですよ。氷室丸様。葉のお命に代えても、必ず貴方様をお守りします。」

 普段あれほど優しい女に、これほど強く自分を抱く力があったのかと子供は、女を驚きと共に見上げる。

 まだ元服も済ませていない、子供は年の頃は八、九歳。幼名を氷室丸といった。

 

「氷室丸様ッ!」

 

 再び、鋭い声で名を呼ぶ男の声がして氷室丸は閉ざされた襖を強く射るように見た。甲冑の重たい金属音。数名の足音。そして、生臭い何かの、匂い。日常であったこの場所に踏み込んでくる戦渦の気配。肩を抱く葉の左手が微かに震える。それは、緊張か、それとも恐れであったか。

 つい、先日まであれほど穏やかに暮らしていた日々は何であったのだろう、と氷室丸は呟くことのできない思いを胸に抱く。

 

そのとき。

 

 不意に、ふわりと風が流れた。閉ざされた室内で空気が揺れ動くそれに違和感を感じて氷室丸は振り返る。部屋の角、薄暗い行灯の下、他に何もないその場所に突然黒い影が現れたように見えた。

「…葉。あれは、なんだろう?」

 氷室丸の突然の声に葉は氷室丸が見ているものに視線を追った。けれど、そこには行灯の灯りがあるだけである。炎がゆらりと揺れている。

「いかがしました。氷室丸様。”あれ”とは?」

「…あれ、だ。あの黒い、」

 

影、

 

 そう続けようとして氷室丸の声が止まった。はじめ影と思ったものは緩やかに形を成し、人の姿となって氷室丸の前に現れたからだ。

「ひゃあ。頼まれごととはいえ、来た道も、屋敷の外も、甲冑着た死人だらけやし、女子供まで死んどるし、えらいとこ来てもうたなぁ。」

 細い目に、色素の薄い髪。漆黒の袴。長身の細身の男が突如部屋の中に沸き立つように現れた。敵方の人間がすでに奥間まで辿りついたのか、と思ったが、目の前にいる人の現れ方は異様なものだった。氷室丸は、問う。

 

「お前は、誰だ。何処から現れた。」

「…氷室丸様?何を言っておられるのです?何がいるのです。」

 

 部屋の隅に立つ男の姿に、問うた氷室丸を葉が心配そうに見下ろしてきた。何を、とはなんだ。すぐそこにいる人のことだ、と言おうとするより先に、男の声がする。

「なんや、君。僕の姿が見えるん?そら好都合や。僕はなあ、碓氷峠の方から来たんやけど、本当はこっちの管轄やなくて、道迷ってしまってなぁ。まぁそれが運の尽きやったわけやけど、そのせいでこないな所までくる羽目になってしもうた。」

 飄々と歩いてくる男の姿に影はない。男の言葉には、っと顔を上げた氷室丸はにやり、と笑みを深める男を驚きと共に見上げた。

(葉に、この男の姿は見えていない――?)

「…お前、妖しか?」

 見たことはないが、それの存在は伝え聞いた事がある。実態をもたず、不思議な力を持ち、人を惑わすという。妖し。男の言葉の全てを氷室丸が理解することはなかったが、この男が人で在らざるものであることは、悟った。

 葉には聞こえない声で、男は氷室丸の言葉に答えた。

「んー?似てるけど、違うなあ。僕らは、死神やねん。」

「…し、にがみ…。」

「うん。」

死神。

死の使い。

魂の運び手、と言われる、

「――死神。」

もう一度それを呟くと、氷室丸は、一度強く瞼を閉ざした。そして、感情の篭らない目で男を見上げ、小さく、分かった、と呟いた。

 

「俺はここで死ぬんだな?」

 

 氷室丸の声に葉がぎょっと目を見開いた。男の声が聞こえない葉には、もしや氷室丸は初めての死地に立たされ恐怖で、気が触れたのかと顔色を変えた。突然独り言をしだしたと思えば、己が死ぬという。

「氷室丸様!お気を確かに。死神などと、そのようなものおりませぬ。ここには何もおりませぬ。」

 主家とはいえ、氷室丸も人の子。恐怖で己を失うこともあろう。可愛がってくれた兄も父もこの場にいない今、乳母である葉は、”私が守らなければ”と硬く心に念じ、幼い氷室丸の体をよりいっそう強く引き寄せる。氷室丸の視線は何もない虚空をにらみつけたままだ。

 

 葉の姿を無視して男は幼い氷室丸を見下ろす。なんと強く己の死を問うのだろう。男は氷室丸に向かって微笑んだ。諧謔的な何かが男の胸に沸いた事を氷室丸が気付くはずもない。

「信じるん?僕が死神やって、」

揺さぶってみたい。これほど強い心を前にすると。

「信じるも何も、俺にしか姿が見えていないんだろ。死神は、全身、黒で身を包んでいると聞いた事がある。お前の姿はそのままだ。」

「それで、僕が本当に死神で、君の命をもらいにきたいうたら、――どうする?」

 面白そうに笑みを深めながら問うてきた男を氷室丸は見据えた。

そのとき。

 

「氷室丸様ッ!」

 

 鋭く己の名を呼ぶ声が再び氷室丸の耳を打った。氷室丸と葉が同時に襖を振り返る。

「氷室丸様ッ!」

足音が近づいてくる気配。

「氷室丸様ッ!」

 そして、襖ががらり、と音を立てて開いた。その瞬間、氷室丸の肩を抱いていた葉の手がするりと離れ、氷室丸を背中にかばうように立ち、薙刀の柄を握り、開いた襖に向かってざっと構えた。

 むせ返るような血の匂いが、部屋に流れた。破損した甲冑を着、右手に持つ剣は血を滴らせたまま一人の青年がその場に現れた。青年は部屋の隅にいた氷室丸そして、葉の姿に安堵するように一つ息を吐き、けれど次の瞬間には 厳しい眼差しで、薙刀を構えている葉の姿には目もくれずに、その場に膝をつく。

「氷室丸様…。」

 葉は、氷室丸の前で膝を折った青年の姿に、家臣の一人であることを知ると、構えをといた。青年は告げる。戦闘後を思わせる傷だらけの体。

「殿からご伝言です!」

 青年の言葉に氷室丸は、毅然と青年の前に立った。

「話せ。」

 その明瞭な声に、青年の呼気が震えた。これほどの状況にありながら、その声から強さが失われる事がない。主家の子として、そう育てられたとはいえ、幼い子供が持つ覇気ではない。だからこそ、青年の胸は震える。

 

「”落ちよ”、と。」

 

 その瞬間。ああ、と震える声で氷室丸の横で、葉が顔を覆い、くずおれた。青年が続ける。

「このまま屋敷を抜け、先に出奔した奥方と兄上に合流なさいませ。もう時間がありません。逃げ口に七人、おります。その者達と共に、」

 お逃げください、そう続けようとして青年はは、っと氷室丸を見上げた。さぞかし、衝撃が襲ったであろう事実を前にして、氷室丸はなんら動じることなく青年を見ていたからだ。膝を折った青年と幼い氷室丸の視線がちょうど目の前で合う。

「幸吉郎…。」

「はっ」

名を呼ばれ、青年はこうべを下げた。

「どうして、こんな事になったんだろう。」

 昨日まで、父と母と兄、沢山の臣下達に囲まれ穏やかに暮らしていた。

(それなのに、)

 幸吉郎は氷室丸の問いにギリ、と歯を噛み締める。氷室丸の父は長らく敵対関係にあった夕月教に攻め入られ戦地に立った。その中で臣下の裏切りにあい、敗戦を余儀なくされた。臣下はすでに一年も前から敵方に密通していた。寝返った臣下は氷室丸に付けられた宿老だった。

(その事実を告げたらどれだけ心を痛めるだろう。)

 その思いから幸吉郎は血が滲むほどに唇を噛み締める。

 氷室丸の父はすでに、負けを予期していたに違いない。奥方と、跡取りであった氷室丸の兄を誰よりも早く城から逃がした。寸分遅れで弟の氷室丸もそれに続く手筈になっていた。

「父は、どうされた。討ち取られたか。捕らえられたか。もはや解死人では向こうは納得しないだろう。」

「殿は、」

「……。」

(ああ、この方は幼いながらも、理解しておられる。)

「城兵や家族の助命と引き換えに。」

「……切腹か。」

「はっ。」

 氷室丸の父は先に逃がした家族の命に引き換え己の命を差し出す。幸吉郎は顔を上げた。もはやその顔に躊躇いはなかった。

「氷室丸様、殿のご伝言通り、ここより落ちて、……そして、生き延びてくださいませ。必ず、必ず、生きて伸びて、兄上と共に、」

 氷室丸の父が敗れた今、その血を継ぐ氷室丸と先に逃げ延びた兄だけが主家の血筋。これを失って再起はない。

 強く懇願するように逃げることを告げる幸吉郎の前で幼い氷室丸は部屋の隅を静かに振り返った。

 そこにはこの成り行きを静かに見ていた死神の姿があった。暗い影になった部屋の隅で微笑んでいる黒い袴を着た男と視線が合う。氷室丸が静かに、問う。

 

「どうする、と聞いたな。」

――君の命をもらいにきたいうたら、どうする?

 

 幸吉郎が不思議そうに氷室丸が見ているものに視線を追った。けれどそこには何もない。氷室丸の声が尚も続く。

 

「答えは、どうするも何もない。」

(それが宿命ならば受け入れる。)

死神が氷室丸のその答えに笑みを深めるのが見えた。

「…ただ、一つだけ、聞きたい。」

「うん?」

「お前はさっき、碓氷峠を渡ってきたといった。東燐の野に出る道だ。普通、西国に流れる時は、籐崩山の来栖峠を越える。碓氷峠を越える道は、言わば抜け道だ。そこから来たと言ったお前は、はじめになんて、言った。その道で、」

死神がく、と笑う姿が見えた。それがどういう意味かを知っていて問うているのだと気付いたからだ。

(ほんま面白い子やなぁ。)

氷室丸は毅然としている。

「”甲冑着た死人だらけやし、女子供まで死んどる”」

一度だけ、氷室丸の体が振るえた。

 

「――そうか。」

 

「誰が、死んでたか聞かないん?」

「お前に他に聞くことはない。」

「そ、なら話は早い。」

「”話”?」

 

「――君のお兄さんから、預かり物があんねん。」

 

どくん、と一つ心臓が強く打った。

そういって、死神が氷室丸に渡したもの。

「…懐刀。」

この家の家紋が刻まれた、綺麗な懐刀。柄頭から流れる朱色の紐に結わえられた鈴がちりり、と鳴った。

「君に必ず渡してくれ、言われてなぁ。」

「兄上がこれを俺に?」

「そ。本当は、死神がこの世界に干渉するような事したらあかんのやけど、まぁ、しゃあない。」

「…禁を破るということか?駄目だといいながら、なぜ持ってきたんだ。」

「まあ、頼みやし」

「死神は、頼みなら何でも聞くのか。」

「まさか、」

「なら、なんで、」

とてもじゃないが目の前にいる死神がただの善意でこんなことをするとは思えない。いぶかしむ氷室丸に死神が、笑った。

「最期が」

死神が視線を遠い景色に向けるように、西に向けた。

「あまりに見事やったから。」

 その瞬間、弾かれるように死神を見上げた。幼い氷室丸の目に涙がたまった。体が振るえ堪えきれぬように息が漏れた。何度も唾液を飲み下し、振るえる声を紡いだ。

「兄上は、」

もう涙は止まらなかった。懐刀を、握り締める。

 

「どんな風に、死んだ。」

 

 碓氷峠に入るには、東燐の野を越えねばならない。それは、氷室丸の母と兄が先に屋敷から逃れる際、逃亡経路に使った道だった。死神はそこで兵の死体を見たといった。おそらく経路は敵方に漏れていたのだろう。氷室丸の兄たちは、待ち伏せにあったに違いない。

「そうやなぁ、最期まで母君と妹らをまもっとったで。最初に妹が首切られよってな。護衛もバタバタ倒れていきよるし、もうあかんやろってなっても一人立ってな、最期は敵将に呪いの言葉吐きながら、死なはった。」

死神が続ける。

「夕月宗は君の父上に、家族の助命を許しておきながら、仇討ちの目を摘むために君とお兄さんの命だけは最初から奪うつもりやったんや。」

 きっと、投降を告げたときには兄は討ち取られた後だったのだろう。死した後その謀りに気付いた兄が霊体となって死神に望みを告げた。この懐刀をまだ城に残っているはずの弟に渡してほしい、と。

 氷室丸の肩が震える。懐刀を渡された理由を理解した。強い声で告げた。

 

「――…ありがたい。」

 

 氷室丸は部屋にいる家臣の幸吉郎と葉に向き直った。二人は何もない虚空に向かって話す氷室丸の姿に声をかけることもできず、ただその場に控えていた。

「幸吉郎、葉。」

「「はっ」」

二人がこうべを下げる。

「俺は、ここに残るぞ。」

二人がぎょっと顔を上げた。

「そのようなこと、聞き届けられませぬ!殿がどのような思いで”落ちよ”と告げられたか!何より、兄上と貴方が、生き延びることを、」

幸吉郎の声を遮るように氷室丸は告げた。

「兄上はすでに討ち取られている。」

「な、」

「これがこの証拠だ。」

氷室丸は、さっき死神が渡した懐刀を幸吉郎に差し出した。さっきまで何ももっていなかったはずの氷室丸の手の中には家紋の刻まれた懐刀が握られていた。

「これは、父が兄上の元服の年に渡したものだ。兄上はこれを片時も手放した事がない。その兄上が今、これを俺にと渡してくれた。」

「そんな、…そのような事が、」

 幸吉郎は氷室丸の手の中にある懐刀を見て、全身を震わせた。それは確かに氷室丸の兄が片時も手放さず、出奔の際もお守りのように手に持っていったものだった。幸吉郎は兄の名を呼びながら泣きだした。戦地に立った殿は、ただひとつ、嫡子である兄の存命に希望を寄せていたというのに。

「兄の首はすでに晒されているはずだ。逃げ道は、何処も押さえられているだろう。それは兄が命を持って俺に教えてくれた。」

幸吉郎ははっ、と氷室丸を見た。視線が合う。

「兄が討ち取られた今、この家の男子は、俺一人。」

「…氷室丸様。」

「やるべき事は一つだろう。」

「そんなっ」

声をあげたのは幸吉郎ではなく、葉のほうだった。悲痛な声で氷室丸の名を呼ぶ。氷室丸はかまわずに続けた。

「この家の最期の男子として、捕らえられ、斬首となり、晒し首にされる恥辱は受けられん。」

幸吉郎が顔を伏せる。続きの言葉を知っていた。

 

 

 

「死ぬん、怖ないの?」

 日の差し込む一室に幼い氷室丸がただ一人静かに正座していた。懐刀を前にして、瞼を閉じていた氷室丸は死神の声を再び聞いてそっと目を開ける。

「何を、恐れる必要がある?」

 本当に分からない、というように氷室丸は死神を見上げた。

 部屋の中には幸吉郎も葉の姿もない。彼らは時間稼ぎに前線に戻っていた。死神は氷室丸の声には答えない。一人、死神を見上げ氷室丸は告げる。

「お前に、感謝する。」

「…何を?」

(この男は死神は世界に干渉しないといった、それなのに、)

「兄上の死を教えてくれた。」

「……。」

「何も知らなければ城から逃げ出せたからといって、兄上の二の舞だった。討ち取られ共に首を晒されていただろう。俺達の死を知らずに、助命が許されたと信じて死んだ父も、報われない。だが、お前が兄上の懐刀を届けてくれた。」

「……。」

「俺は名誉のうちに、死ねる。」

 おそらく、兄はそれを告げたくてこれを託したのだろう。敵方に捕らえられ斬首となるくらいならば、これで自ら果てよ、と。

「なんや、頭いい子は色々気づきすぎて、可哀想やなあ。自分で死ね、言われてお兄さんに恨み言の一つもないの?」

「恨み言…?」

その言葉に不思議そうに氷室丸は死神を見上げた。

「感謝こそすれ恨みなどあるわけがない。お前のほうこそどうして可哀想だとそんな風に俺を見る?母は最後まで俺を案じていた。妹たちもそうだった。父は自ら戦地に立ちながら兄上と俺が生きる道を探し続けた。文字通り命を賭して俺達の生きる道を作った。それは途中で潰えたが、父から兄に譲られた懐刀が今、俺の手にある。死んで尚、俺を想ってくれた兄上をこうして知った。俺は、全てに愛されていた。大切に育てていただいた。兄上は確かに俺に命を断てといったかもしれないが、この懐刀は俺の」

 

心を救う。

 

 

氷室丸様ーっ

と、遠く青年の声が名を呼んだ。きっと屋敷の中にまで敵方に入られたのだろう。その声が合図だったかのようにす、と目の前にあった懐刀に氷室丸は手を伸ばし、躊躇わずに鞘を抜く。もう死神には目を向けなかった。きらり、と銀光が瞬いた。その刃を自らの腹に向けた時、死神が不意に言葉を挟んだ。

「一つだけ君が気付かなかった事を教えたろか。」

あてがわれた切っ先の刃がぴくりと止まる。氷室丸の視線が死神に向いた。

「何でお兄さんが君に懐刀を渡してほしい、いうたか。」

「……。」

「自害しろ、だけやないよ。君さっき自分で言うてたやろ?その懐刀、お兄さん、いつもろた。」

「…いつ?」

「……。」

「…これは、兄上が、元服した時に祝いにと父が、」

 そこまで告げてはっと顔をあげた。

 氷室丸はいまだ元服していなかった。兄が持っていた懐刀を羨ましく思ったものだ。同じものがほしいとねだる弟に兄はお前も元服をした年にはもらえるとそう言って宥めた。

「お兄さんが、それを君に渡して言ったんは、」

「俺の元服が、許された…?」

死神がゆっくりと頷くのがみえた。

「父君の獅の字一つを貰って、お兄さんと一字違いで、君の名前は、――”冬獅郎”」

「…冬、獅郎。」

「それが、最期の、お兄さんの言葉。」

(やはり、)

涙が流れる。

(…ありがたい、兄上。)

 

 氷室丸は再び懐刀をあてがった。もう迷うものは何もなかった。死神だけがそれを見ている。切っ先を見下ろし氷室丸は最期に静かに死神に問うた。

 

「…死んだら、人はどこへ行く?」

「尸魂界。」

「それがお前達死人の国か?」

「そう。」

「そこはどんな国だ。」

「…そうやなあ、」

「…いや、」

「ん?」

「やっぱり、聞かなくてもいい。」

「……。」

「そこにはすでに父も母も兄も妹もいる。行って確かめればいい。そうだろう?」

氷室丸の言葉に死神は、く、と息を漏らして笑った。

 

「そうやね。」

 

 

零弐年 閏月 拾伍日

伊藤家次男、幼名氷室丸、改め冬獅郎。

城内にて切腹。

 

葉、幸吉郎、他壱拾四名がそれに殉ずる。

(完)

ありがとうございました。

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