|
|
||
|
そばにいるよ 大人しくじっとしている、という事がガキの頃から苦手だった。これで仕事でも持ち込めたなら、いっそ退屈凌ぎにもなっただろうが、この部屋に増えていくのはやたら色鮮やかな見舞いの花と(どう考えたって俺に花は似合わないだろう)ひとりじゃ食べきれない菓子や果物ばかりだ。 見舞いに来る隊員たちには申し訳ないが少しだけうんざりしていた。怪我だって今じゃ何処斬られたんだっけっとそんな程度に痛みも分からなくなったのに、今だ卯ノ花隊長からは退院の許可は与えられない。退屈しのぎにぜひ、と一体誰が持ち込んだのかも忘れちまったけど誰かが手渡した小さな薄汚れた本をぱらぱらと、気もなくめくる。俺が本を読むようなたまか。これを持ってきたやつは皮肉が通じて今頃ほくそえんでいる筈だ。それでも目につく言葉を流れるように読んだ。 つまらない。 のそりと立ち上がる。窓辺から差し込む光は、白く淡く降り注いでいる。俺はひとつ、大きな欠伸をかみころして、機敏性のかけらもない年寄り滲みた動きで病室を後にする。散歩するくらい許されるだろう。じっとしていると空っぽになった頭ン中に余計なもんが入り込んで身動きが取れなくなりそうだった。それが嫌だった。 与えられた個室から抜け出すと、同じような扉が連なった廊下が無機質に並んでいて時折四番隊の隊員が忙しげに足音をたてて走っていった。そういえば、四番隊の此処の救護詰所にやっかいになったのは初めてだった。 庭への入り口を求めたが何処にあるのか検討もつかない。隊員に声をかけようとして気が引けた。そのままぶらりと歩き出す。そのうちどこか外へつながる所にたどり着くだろう。どうせ、自分は今暇なのだ。そう、とてつもなく暇だ。
はふぅ、と今日二度目の欠伸を噛み殺した。こんなぼうっとした時間を過ごすのはいつ振りだろう。記憶を手繰って思い出せはしなかったから、やめた。所々空けられた窓から柔らかく風が流れていく。外にいるであろう人の声が耳をかすめた。どれも小さすぎて聞き取れはしなかったけど。笑っていた。こっちも呑気なもんだけどあっちも呑気なもんだ。そう思ったけどひやりと冷たい感情が流れていくのは、どうしようもなかった。 もう一度笑い声が耳に届いてはっとなって俯いていた視線を上げたら、連なった扉の一つが人待ちをしているように僅かにあけられているのが視界に映りこんだ。 (あそこの部屋って) 手繰った霊圧は、午後の暖かい日差しに反してひやりと肌を撫でていくもので、気持ちがよかった。さらりとまとわりつかない。彼の性格に似ている、そんな風に思った。 (そっか、そりゃ、いるわな) 少しだけ迷ったが扉を叩くことにした。待ち人がいるならそれまでの退屈しのぎにしてくれればいい。こんこん。僅かに開かれていた扉を押し広げる。日番谷隊長、と名を呼ぶ前に、透明な声で、名を呼ばれた。 「阿散井か」 同じような間取り、同じ色のベッド。上半身だけ起こした日番谷の手には見ているだけで頭が痛くなりそうな分厚い本。それをパタリと閉じてサイドテーブルに静かに置く。その場所はすでに読み終わったであろう幾多の本が絶妙なバランスで積み重なっている。それを除けばあとは自分の病室と大差ない。数々の花、花、食べ物。 ちわ、 形式的に挨拶だけ済ませてさっさとベッドの横の椅子にどかりと腰掛けた。日番谷が小さく笑ったのが視界の片隅に映って少しだけ戸惑う。こんな風に笑う子供だっただろうか。思い出そうとして眉間に皴を寄せて怒ったようにため息をつくところしか思い出せなかった。 「気のない霊圧だな」 「わかるんすか」 「そりゃ、そんだけだらだらと霊圧垂れ流してたらわかるだろう」 言われて気づかされて苦笑が洩れた。 いや、たしかに。 気のない会話をしばらく繰り返す。退屈だったのは日番谷も同じだったらしい。きっと病室を出たあとにはどんな会話をしたかも忘れちまうような、意味のない話ばかりを語り、けれどふいに言葉がつっかえた。 緩んだ日番谷の着物の襟元から見間違えようもない刀傷が目に飛び込んで思わず息を飲んでしまったのだ。まるで赤い花びらのような。卯ノ花隊長の斬魄刀の能力でさえも傷跡は消せなかったらしい。何席かもわからない四番隊の隊員に治療された自分は、痕なんか残りもせずに、ぴんぴんしてるのに。それだけ、深手を負ったのだ。裏切りと虚構の最中。あの戦いで。 黙っていると俺の視線に気づいたのか、日番谷がああ、悪い。見て気持ちがいいもんじゃねぇな、と傷を隠すように襟元を重ね合わせて帯を締め合わせた。そんなことない。そう大声で言って首をぶんぶんと横に振りたかった。しなかったけど、そう思っていた。 「日番谷隊長は、」 言葉はするりと喉を出た。俯いていた顔を日番谷は上げた。その目は逸らしたくなるほどに力強く揺るぎなくて。想像もできない。こんな目をするこの人が、誰かに何かに伏すところなんて、欠片も想像できない。 「これからどうするんすか」 聞いてから聞かなきゃよかった、と後悔した。言うに決まってる。この人は。痛みも傷も全て享受して、
「戦うさ」
置いていかれちまったからな。
熱を失いつつある光が静かに差し込んでいる。呟いた言葉に、誰に、とは聞かなかった。聞けなかった。知っていた。知っていた。知っていた。
俺はいますよ。あんた気づかないかもしれないけど。俺何処にもいかないですよ。ほんとに。あんた気づかないかもしれないけど。そばにいますよ。いえるわけもない言葉は飲み込んで、ポケットの中で曲げられた一冊の本を取り出した。よかったら、読んでみてくださいよ。暇つぶしに。つまんないかもしれないけど。え?どんな内容?あー、なんか、昔の男のことが忘れられない女に恋する男の話みたいですよ。ほんと、つまんないですけどね。退屈しのぎにはちょうどいいでしょう?
本を手渡す。僅かに触れた指先の温かさに、泣きたくなった。
|