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莫逆の友
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第一章 出会い (1) |
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先年、例を見ないほどに百花繚乱を誇った年の春。 伊藤冬獅郎、真央霊術院入学。
その日。 真央霊術院東西南北の修練場にて、組み分け編成の為の実力試験が行われた。筆記、鬼道、霊力、剣術。現在の新入生のそれぞれの素養を知るために行われたその試験は各修練場に分かれて行われ、この日の試験の結果によって、後の組み分けが決まる事実に、新入生はある種の緊張感と気迫でもって試験に臨んだ。
「やあ、今年の新入生は元気がいいなあ。」 「なんか、生意気そうなやつばっかりじゃないすか。」
真央霊術院北修練場。 鬼道の試験が行われたその場所で、明らかに教師とも新入生とも違う男が二人、入り口の近くに立っていた。共に長身の男二人は、一人が黒髪のザンギリ頭、もう一人は珍しい白銀の長髪をゆるりと背中に流していた。真っ黒な袴を着、白銀の髪の男はさらにその上にましろの羽織をはおっている。羽織の背に描かれている、十三が、風に流れる白銀の髪の間からさらりと見えた。
「それで、浮竹隊長が言ってた物凄い霊力を持ってる”天才児”とやらは何処ですかね?」
入り口に立っている二人の男の存在に気付いた新入生の一部がぎょっと顔を強張らせて彼らを振り返ったが、そんな事には目も止まらない様子で黒髪のザンギリ頭の男が視線をさまよわせながら、告げた。鬼道の試験が行われたここ北修練場の道場の中には、三つの丸い的があり右から霞・星・色、と大きさの違う的にそれぞれに列を作っている新入生達がいる。試験内容は射位から二十八メートル離れたそれぞれの的に練り上げた鬼道をぶつけるといった至極単純なものだった。しかし、まだ鬼道の訓練を受けていない新入生達の多くは鬼道そのものを作り出すことも困難な様子で、たとえ上手い具合に力を作れても、それを的にぶつける事のできる人はごく少数だった。先ほどから新入生の飛ばす鬼道は的を大きく外れ、あちらこちらで霧散している。一番大きな的である霞ですら、それに掠る人は少ないようだった。
「あいつは目立つからなあ、」
浮竹隊長、と呼ばれた白銀の髪の男は、数年前流魂街で見た記憶の中にある幼い一人の少年の姿を、的に鬼道をぶつけようと奮闘する新入生達の間に探した。同じ白銀の髪を持っていた少年は、かつての自分がそうだったように人ごみの中にいても、その存在を際立たせることだろう。視線をめぐらし、まだ幼くそれでいて強い力を秘めた少年の姿をそこに探したが、浮竹の目にその人物がとまることはなかった。
「どうやら、ここにはいないようだな。」 「じゃ、次行きましょう。次。」 「まあ、そんなに急ぐこともないだろう、海燕。少しここで試験を見ていってもいいじゃないか。」 「浮竹隊長。さっきもそう言って東修練場で一刻も費やしたの覚えてますか。」 「え?そんなにいたか?」 「こんなんじゃ、その”天才児”見つける前に日が暮れますって。」
流魂街で会った事があるという、子供の試験の様子をみたいと告げた浮竹に付き合って海燕と呼ばれた男は忙しい仕事の合間を縫って上司である浮竹と共にここ真央霊術院に訪れた。海燕は、何処かおっとりとして、慌てる様子のない性質の浮竹を少しの呆れと共に急かす。先ほどから浮竹はことあるごとにあの子は凄いなあ、だの、お、あの子の霊力はなかなかだぞ、と新入生達を見てまわり、あげく人の良さから試験が上手くいかない様子の新入生にはアドバイスまでし、そのつど試験管から浮竹隊長!試験ですから助言しないであげてください!などと叱られつつ、各修練場を回って流魂街であったという子供を捜してまわっている。これでは目的の”強い霊力を秘めた子供”に辿り着く前に試験そのものが終わってしまいそうだ。海燕が渋る浮竹を宥め、出口に押しやろうとしていたとき、不意に道場の中で試験を受けている新入生の間から、わあっ、と歓声がわいた。
「右京ーっ!」 「うわっ、ちょ、お前飛びつくな!」 「どうじゃ!今の見たか!的に直撃じゃ!」 「あー、見た見た。凄い、凄い。ちゃんと見たから早く降りろ。」 「なんじゃ、もっと褒めてくれてもええのに、冷たいやつじゃのう。」
一番左の的に列を作っていた新入生達がざわざわとざわめいた。彼らの間で一人の華奢な、くせのある明るい髪を持った見目16歳くらいの男が、右京と名を呼んだ友らしい男に、飛び掛るように抱きついているのが見える。新入生達は右京に飛びついている男を驚きと尊敬と少しの焦燥と悋気で見上げていた。
「ほう、」
”色” 一番小さく、これまで誰も当てることのできなかったその的の中心に、鬼道をぶつけ、そしてあろうことか霊力に強い素材で作られたその的を真っ二つに割った新入生がいた。試験管が割れた的を拾い上げ、目を見開いた。近年、色を割った者はいないどころか、それに鬼道を当てたものさえ少ない。試験管の記憶の中で組み分け編成の為の試験で、色に鬼道をぶつけたのは去年卒業した檜佐木修兵が最後である。それも、かろうじて的の外枠にぶつかった程度だった。手の中にある割れた的を見下ろし試験管は驚きのあまり絶句する。その試験管の横で、割った本人は鬼道を的に当てた喜びいっぱいな様子で無邪気に友人にもっと褒めろ褒めろと騒いでいた。
「――やるなあ、」
浮竹は、その明るいくせ毛の少年を見ながら笑顔で呟いた。素直に喜ぶ少年の姿を嬉しそうに見ている浮竹のその横で、海燕が溜息をこぼす。
「褒めるほどじゃないっすよ。」 「なんだ、海燕は随分と手厳しいな。」 「あれぐらいできて当然です。」
今度こそ、浮竹を急かして道場から歩き出す海燕に、浮竹はくすりと部下である海燕を見上げて笑った。その様子が気に止まったのだろう。海燕が訝しむように浮竹を見る。
「何、笑ってんすか、隊長。」 「そうだったな。」 「?」
少し、不機嫌な様子で浮竹を振り返った海燕に、何かを思い出したのだろう。浮竹は笑いが止まらない様子でく、く、と肩を震わせている。
「お前が、試験を受けた時は、真っ二つどころじゃなかった。」 「……。」
それはどれぐらい前のことだったか。かつて、真央霊術院の組み分け試験を浮竹が覗きにきたとき、こんな風に鬼道の試験会場を騒がせた子供がいた。彼は、当てるのさえ難しいといわれた”色”を粉砕して見せ、その場にいた全員を騒然とさせた。浮竹が色を粉砕した新入生を見たのは後にも先のも彼一人だけである。
「でも、海燕。」 かつて子供だった彼はこうして、自分を支える右腕となってここにいる。縁とは不思議なものだ。浮竹は今では背を追い越され、立派な青年の相貌となったかつての子供をその名を呼ぶと共に見上げた。 「お前は今や護廷十三隊十三番隊の副隊長だぞ?あの子と張り合わなくてもいいだろう?」 「!」 本当にお前は負けず嫌いだなあ、と浮竹は笑みを浮かべ海燕の肩をぽんと叩くとそのまま歩き出した。とっさに絶句した海燕は言われた意味に気付くとこんな時ばかりは足の速い上司を舌打ちと共に追った。
「勘違いしないでください!別に張り合ってなんかいないっすよ!」 「わかった。わかった。そうしといてやる。」 「ちょ、もうほんと、違いますって!」
浮竹の笑い声と共に北修練場から去っていく二人と入れ違いで修練場に足を踏み入れた少女がいた。黒髪を二つにしばった小柄な少女は修練場の入り口から中を覗き込むときょろきょろと見回す。
「おかっしいなあ、シロちゃん。何処にいるんだろう。」
歓声で騒がしい道場を不思議に思いつつ探し人がそこにいないことを知ると少女は踵を返した。少女が踵を返した修練場の中では色に鬼道をぶつけた少年がきゃっきゃと騒ぎ、今だ抱きつかれたままの友人が困り果てた様子で溜息をついていた。
昼下がり。 試験は始まったばかりである。
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