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最後の約束 |
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-16- |
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許してほしい、
なにを、
この道しか選べないことを
器の中で、からん、と音を立てて氷が溶けていく。匂い立つ花のような香りが意識を麻痺させていく感覚がじわじわと侵していく。甘くて、とろけそうな味だ。以前一度だけ日番谷とこの店に訪れた時乱菊はやはり同じお酒を頼んだ。聞いた事のない酒の名前が、好きだと思った。
(何処の街のお酒だったかしら、ひどく、懐かしい味。)
酔って、くだらない話をした。話をしているのはほとんど自分だったから、日番谷が隣でめんどくさそうに相槌を打っていたことを覚えてる。任務の話、現世のお菓子の話、後輩が結婚した話、その子のために綺麗な帯止めを買った話、そういう取り留めのない話を、飽きもせず話していた。それからふと、思いついたように口をすべった言葉。あの時の言葉に日番谷は何て答えたのだっただろうか。忘れてしまった。
「乱菊ちゃん。あんまり早いペースで飲むとすぐに酔いつぶれるよ。」
乱菊は隣で既に自分以上にお酒を飲んでいる男を見上げた。主のいない執務室で、残業を終えて一人歩いているところを京楽に呼び止められた。良い月夜になったね、飲もうか。何でもないようにそう言われいつものように、いいですねと、笑って答えた。 「京楽隊長こそ。あんまり飲みすぎると私が七緒に怒られるんですから、程ほどにしてくださいよ?」 馴染みの店を通り過ぎて、街外れの路地裏にひっそりとある飲み屋に入った。そんなつもりはないのに、逢引のようで、少し可笑しかった。やちるが11番隊の厨房を壊した話、雛森が現世で初めて海を見た事、水面を手のひらですくうようにいつまでも核心に届かない話ばかりが口から出てくる。京楽は、うん、そうだねぇといつまでも同じ反応を繰り返す。明日になれば何を話したかも忘れてしまうようなそんなやり取りを繰り返し、乱菊は何でもないことのように日番谷とのことを思い出して、笑った。
「昔、ここに隊長と来たことあるんですよ、一回だけ。」 「へぇ、そうなの。」 「まだ隊長が隊長に就任したばかりで歓迎会は終わらせてたけど、親睦会をかねて隊の席官数人と私と、嫌がる隊長を連れてきたんです。結構いいペースで飲んでて、ほとんど何も覚えてないんだけど、私、隊長にあの時何で隊長になろうと思ったんですかって聞いた。あの若さで、珍しいと思ったから。」 「それで?あの子なんて答えたの?」 「それがさっきから思い出そうとしてるんですけど、隊長があの時なんて答えたのか私全然覚えてなくて、」 「・・・。」 「もっとちゃんと聞いておくんでした。」 乱菊は静かに京楽を見た。
「隊長の事で、私に何かお話があるんですね?」
乱菊の瞳は揺るぎなくて、京楽はかなわないなぁと苦笑をこぼす。あの子供の副官をしているだけはある。同じ目をしている。京楽の目がグラスの中でたゆたう酒の上で揺れる。長い長い沈黙が訪れて、店の中の喧騒が二人を取り巻く頃、京楽はゆっくりと、ひとつひとつの言葉を確かめるように話し始めた。
「僕らはね、きっと懺悔してるんだ。」 「懺悔?」 「友達を見捨てた事を、さ。」 「・・・・・それって、」 「明るい男でね、彼が来るとぱっと周りが明るくなる。どんなに悲惨な戦場に立っていてもあの男の傍にいると、何でもないような気がしてくるんだ。ここは別に地獄でも何でもないぞ、という気がね。」 京楽は、ひとつ息を吐いた。
「不思議な男だった。」
今でも思い出すのは男の目だ。お互い年だけはとって風貌も変わっていくのに、目の美しさだけが変わらない。あの瞳に映る世界はどれも美しく思えるほど、じっと見られると思わず逸らしたくなる様な、そんな瞳をしている。どれだけ年を重ねていっても変わらない子供のような無垢な目。絶やさない笑顔が与える印象はいつも暖かくて、それはそのまま男の心だった。面倒見がよく人望もあつかった。彼を慕った死神は数多く、それはきっと自分も同じだった。先に隊長へ昇格した友を誇らしく思っていた。その人は、誰からも望まれて、その席へ就いた。 「十番隊長だよ。昔の、ね。」 後を追うように浮竹と一緒に隊長へ昇格した。初めて女性の隊長がうまれたのもその頃だった。まるで競い合うように互いに名を馳せていく。こんな日がずっと続いていくのだと信じて疑わなかった自分はあの頃まだ若かった。そうした月日をどれくらい重ねただろうか。やがてやってきた大虚討伐任務。 「・・・・メノス、グランデ・・。」 「数人の王属特務と隊長の殆どが前線に加わった。」 知っている、と乱菊は一つ頷いた。任を付いた。刀も交えることのない、後方部隊を率いていた。 「僕らは、無力だった。」 長い長い戦いだったような気がするが、不思議と戦いの記憶はおぼろげだった。幾百もの魂が作り出す悲痛な声が空にこだましていたのを覚えている。その声に目が、暗む。大虚がつくる空間の歪みで起こる空紋の影響であちらこちらに虚が集ってきていた。大虚討伐を背一考させる為、近隣に集った虚討伐の命が下された。防波堤の役割を担ったその討伐を引き受けたのがあの男だった。大虚討伐、長い戦は幾数の太陽と月を巡った。戦力を消費するだけの無力な戦いの果て。誰も彼もが満身相違の中で出来たことは、倒すことでも、傷を負わすことでも、何もなく、ただ追いやるだけだった。僕らは敗戦の道を辿った。そうして帰還した僕らを待っていたのは、虚討伐に出た十番隊の壊滅と友の、死。
「良い奴は、みんな戦場で死んでしまう。」
大虚の出現で全ての指揮は四十六室に委ねられていた。その四十六室は援軍要請、補給要請、撤退要請、男が出した要請の何一つとして受理しなかった。瀞霊廷待機を任ぜられていた4番隊と6番隊は大虚討伐の戦力の予備として、虚討伐に赴くことを最後まで許されなかったらしい。総隊長からの命も下されなかった。十番隊の最後の通信から三日後、大虚討伐の最中、友は変わり果てた姿で帰還を果たした。
「経緯はしらない。彼が率いた最後の戦いの中に、日番谷君はいたんだ。」 「・・・・・・・・・・・そう、」
京楽は悲しそうにけれど、微笑みながら乱菊を見た。忘れられずにいたのは、小さな子供の姿だったからでも、それが霊圧も不安定な明らかに新人の隊員だったからでも、何でもなく。ただ、彼の瞳が綺麗だったからだ。あの男のようだ、と思ったからだ。執り行なわれた大葬で、泣きもせず、ただ棺を見つめ続けている隊員が珍しかったからだ。傷を負った体が、安に戦に加わっていたことを語った。見渡せば、生き残った隊員の誰しもが泣いてはいない。他の誰よりも誇らしく、他の誰よりも凛としていた。その中でやはり彼だけが誰よりも揺るぎなかった。日番谷冬獅郎、その名を知ったのはその時が初めてだった。
「いいんですか?」 乱菊は、甘ったるい花の香りのような酒を飲み干す。喉を焼くような熱さがすっと消えていく。乱菊はもう一度問うた。 「私に、その話をしていいんですか。」 一番厳しく緘口令がひかれた筈だ。未だその禁は解かれていないだろう。もし、口にしていたことが知れたら、例え隊長といえど何らかの責を負わなければならない。京楽の話は細部まで語っていなかった。乱菊が知るのはその後の話だ。長く死神を続けたものが彼の名を知っているのは、その後の話の方が強く心に焼きついたからだろう。十番隊長は、その主が不在のまま背反の罪人として書類送りになった。四十六室は、何も語らず隊長格から罪びとを作り上げた。命を賭して戦った十番隊にあまりにも冷酷な仕打ちだった。 「僕らはね、今でも彼の友達だし、それはこれから先も変わらない。」 「・・・・。」 「あの行為は十番隊だけでなく僕らをも痛めつけたような気がしていたけど、どんな罪をかぶされようと、今となってはそんなことも重要じゃない。信じたものが一つここにあればいいだけの話しだ。」
京楽は自分の親指で強くとん、と胸を突いた。
「ただ、ね。知っていてほしい。日番谷君が命を賭けたんだ。それがどんな人だったのか、君にだけはね。」
乱菊は瞼を閉じる。 隊員の反対を押し切って討伐に出ると告げた隊長の姿が脳裏をよぎる。
「乱菊ちゃん、許してくれよ。」 「え?」 「僕は日番谷君があの虚討伐を名乗り出た時、彼を反対しなかった。」 「・・・・そんなの、」 「それどころか、嬉しかったのさ。今まで思い出しもしなかったのに、彼が討伐を名乗りでたとたん、虚の存在も日番谷君のことも急に思い出した薄情な男だけど、僕は嬉しかったんだ。」 「・・・・・。」 「あぁ、ここに、あいつが育てていった何かを受け取ってるやつが確かにいるぞと思えた。あいつの存在がこの子の中に確かに見える。あいつが植えつけていった何か揺るぎないものを持って、あの頃僕らがやろうとしてどうしても果たせなかった討伐を、成し遂げようとしてくれている、これはどんな奇跡だろう、と嬉しかったのさ。」
怒るかい? 京楽はそう呟いて笑った。 乱菊は京楽の視線から逃れて空になったグラスに酒を継ぎ足す。ほんとに、男っていうのはどうしようもないですね、言いながら、甘い甘い酒を飲み干した。思い出も、想いも無視して、夜は更けていく。刻々と、更けていく。
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