最後の約束

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 日の光が頬をなでるその暖かさで少女は目を覚ました。夢と現の狭間で見回した少女の目ににぎりしめられた白い羽織が小さなシワをいくつもつくって体を覆っているのが映る。気付いたらこの部屋で眠っている人たちはだれもいない。部屋の外でいくつかの話し声と気配があった。体を起こした少女は体にかけられていた白い羽織を両手に握ったまま恐る恐る戸口にたった。あれから”声”は一度も聞こえてこない。わけもわからない寂しさに不安だけが募った夜が嘘のように心は穏やかだ。

(あのひとに、会ったからかしら、)

 綺麗な目をしていた。

 夜だったからその色をはっきり目にしたわけではないけど、暖かい目をしていた。少女は戸口に手をかける。触れた少女の手がその引き戸を開ける前に、扉は外側からがらりと開いた。

 

「お前、起きたのか。」

 

 戸口に現れた男の姿が逆光の中にたった。見上げた少女の目にその姿は大きく映る。一瞬身を強張らせた少女はその声が昨夜森の中で自分を見つけ出してくれた青年と同じ声だということに気付いて瞬いた。

「隊長に頼まれてるから、今日はちゃんとお前の連れを探してやるからな。」

 少女と同じ目線に男はしゃがみこんだ。少女が大事そうに握り締めた白い羽織が男の目に映る。あ、と一声驚きの表情を作ると青年は小さなため息をこぼす。

「隊長が羽織着てないと思ったらお前が持ってたのか。」

「・・・・あの人は?」

「もう行ったよ。お前が寝てる間に。」

「・・・何処に?」

 

 

「鶴峰山。虚討伐だ。」

 

 さらりと告げた青年の声に、少女は唐突に走り出したい衝動にかられた。

 

 

 駆け出したい。

 あの人の背を追いたい。

 ひとりで行かせたくない。

 

 一緒に、戦いたい。

 戦いたい。

 

 

 戦いたい。

 

 

 どうして――・・・。

 

 

 

 押し寄せてくる”思い”に少女は困惑した。何故走り出したくなったのか、少女自身分からなかった。それなのに、少女の足は一歩踏み出す事すらできずに、その場所に留まっている。走り出したいと思う気持ちと同じ強さで、此処に踏みとどまらなければいけない、という気持ちがわいて出る。声をつぐんで立ちすくんだ少女の姿に、青年が不思議そうに首をかしげた。

 

「どうかしたのか。」

(ああ・・・)

 

 少女は何度も瞬いて青年の顔を見る。これはきっと自分の感情ではない。寂しさで胸が押しつぶされそうになった夜を過ごしたように、自分は今、目の前のこの青年の”思い”に触れているのだ。

 

 戦いたい。

 戦いたい。

 

 戦える。

 

 

 押しつぶされそうなその思いは、きっと。この青年の思いだ。少女は気付いたら、青年に手を伸ばしていた。昨日、あの人が優しく頬の髪をさらったように、青年の頬を撫でた。

「後悔、…してるの?」

「!」

「本当は、一人で行かせたくなかったのね?」

「おまえ、」

 何故だろう。胸を満たすこの思いは、痛みを伴うのに、こんなにも胸を暖かくさせる。昨日のあの人のように。

 

 青年は少女の言葉に、昨夜日番谷から聞かされた少女の能力を思い出した。聞いた時には、人の心を感ずるなどあるものか、と疑ったものだが、今目の前で少女は容易く、日番谷にはひたかくしにしてきた感情を告げた。青年は頬をさらう少女の手を握り締めて、力なく笑った。

「…まいったな、お前には本当に、分かるのか」

 青年は一つ、息を吐き出して、ゆっくりと、告げる言葉を捜した。きっと、この少女にはどんな、ごまかしもきかないのだろう。

「後悔は、…してない。隊長が決めた事だ。俺たちは、それに従うだけだ。ただ、俺は、」

「…」

「ただ、俺は、…俺たちは。あの人がどうして、一人でここに向かったのか。その理由が知りたい、と―ー。」

 ただ、それだけを。

 青年の声は苦しげに、消えた。

 

 少女は、思い出していた。昨日優しく寄り添っていてくれたあの人の存在。どんな、寂しさより、どんな、後悔より、あの人の思いを感じたのは、あの人の思いが一番、強かったからだ。ここにいる誰よりも、その思いが強かったからだ。

 あの人の胸の奥、何者にも勝る強い思いを少女は知っている。

 

 

 

(大切だったから、)

 

この人達を

 

(失いたくなかったから、)

 

連れて行けなかったのだわ。

 

 

 

 俯いた少女の目は強い眼差しで再び青年の顔を見上げた。胸に押し寄せてくる思い。どれも優しく切ない。

 

「あの人が帰ってくるまで、わたしもここにいる」

 

 その暖かさの正体を少女は知りたいと、願った。

 

 

 

 

 

 

 結界に覆われた山はむせ返る臭気と霊気に満ちていた。不思議なほどの静謐な空気が日番谷の周りを漂っている。日番谷は山の中腹から、駐屯地を見下ろした。あの場所に、決して失いたくない人達を残してきた。一人、この場所に立つことに、後悔はない。もし、後悔というものがあるとすれば、決して取り戻せない人達に思いを馳せた日々だ。長い月日をかけ、それでもあの日交わした彼らとの約束の意味を、今だ見出す事のできない自分だ。

 

 

 今ようやく、その意味に辿り着ける気がする。

 この場所に、一人立ち、一人、戦ったその時に、約束の答が。

 

 柄を握り締めた日番谷の手は迷いなく斬魄刀を一気にひき抜いた。日番谷の耳には喧騒も森の息吹も遠いところにある。

 

 一人だった。

 この場所で日番谷はただ一人だった。

 

 静けさだけがたゆたっている。茫漠とした一匹の虚の霊気が、今一直線に日番谷に向かって走り出していた。日番谷は駆けた。

 

 今始まる、戦いの前に。

 懐かしささえ、あった。

 痛みは凌駕していた。

 

 

 ただ、今は取り戻したい。

 それだけを願っている。

 

 

 相反する二つの霊圧はやがて激しくぶつかりあった。