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最後の約束 |
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-20- |
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その時少女は、白い光が世界を覆いつくしたのかと、そう思った。
「あぁ、あ、あ、ぁ・・・っ」
話の途中で血の気の引いた表情で急に建物の中を飛び出していった青年の後を追うように、小さな足でかけていった少女は、扉を抜けて渇いた地を踏んだ瞬間。眼前にある鶴峰山を見上げて声にならない声を上げてへたりと座り込んだ。
「・・ぁぁ、あ、あ、」
言葉を忘れてしまった生き物のように少女は白く凍てつく山を見上げ、ただ、あぁ、ぁぁ、と呻くように震えた。
「急いで!結界の補修をしろ!」 「余波が来る。気をつけろ!」
常人に見えるはずもない結界がピシリピシリと亀裂を走らせる音を鳴らすと、割れ目がまるで空気中に突然現れた白い影のように浮き彫りになる。結界すらも見る間に凍っていく。結界を修復に走る幾人もの男達の中に先ほどまで少女と話をしていた青年の姿もあった。けれど、少女の目は吸い込まれるように何もない天を見上げた。光を放った空は、雲さえもなぎ払った。 「あぁ、ぁ、ぁ、ぁ・・」 (・・・・だめ。おねがい、)
少女はその時分けも分からず走り出していた。後ろで青年らしき声が少女を引き止めたが振り返らなかった。自分がしていることがよく分からなかった。息が切れるほど走り、森に足を踏み入れる。それでも足りずに走り続ける。やがて死神の姿も見えなくなって人の声も聞こえなくなった、自分が何処へむかっているのかも分からないまま少女は小さな足で懸命にかける。もっと傍に行かなければ。傍に行かなければ、 (・・・消えてしまう、) (あのひとの、声が)
消えてしまう。
その時、どん、と体に衝撃が走ると少女は何かにぶつかった反動でころん、と後ろにひっくり返った。一体何にぶつかったのかも分からずに少女は目の前にあるものにしがみつく。こうしてる間にどんどんどんどん、聞こえなくなってしまう。少女はしがみついているものを見上げて、誰に言っているのかもわからない言葉を言いながら泣きわめいた。
「・・・・あぁ、あ、ダメ、・・ダメ、ダメ、消えてしまわないでっ。消えてしまわないで、声を、聞かせて。だれか、たすけて、あのひとを、たすけてあげて、おねがい、」
少女はその瞬間、しがみついているものから暖かい腕が伸びてひらりと抱き上げられた。涙の止まらない瞳に先ほど話をしていた青年と同じ服を着ている男が映りこんだ。しがみついていたものが人なのだと、少女はその時初めて気付いた。少女の目の前に突然現れた男は抱き上げた少女の大きな目にたまった涙にそっと触れ、優しげに笑う。
「もう、泣かんとき。ええ子やから。」
男の指が少女の頬を流れる涙をすくった。ひとしきり涙をぬぐうと男の笑った顔が少女の耳元でええ子やねと同じ言葉を囁いた。 「・・・あ、なたは誰?」 「さぁ、誰やろね?」 男の腕が静かに少女の体を地に下ろす。そのまましゃがみこんだ男は土で汚れた少女の着物を掃っていく。 「ここは危険やから、」 「・・・」 「この道をずっと真っ直ぐ。元きた道を帰り?僕と同じ黒い衣装を着た人らが君を助けてくれるから。」 「・・・」 「それから僕がここにおったことは誰にも言うたらあかんよ。」 「・・・・あなた、は」 「ん?」 「あなたは、あの人を、」
男の人差し指が少女の小さな唇にそっと触れた。その先は、ゆうたらあかん。そう、小さく呟いた。
「ええね?この道をまっすぐ。君はかしこい子ぉみたいやから、一人でいけるやろ?」
少女がこくんと小さく頷くと男は微笑んだ。
「もう、泣いたらあかん。笑い。」
指先でとん、と背中を押されて少女は一歩足を踏み出した。少女の前に細い道が真っ直ぐに伸びていた。そのまま、二歩、三歩、と歩き出して少女は何かに惹かれるように振り返った。ざわめいた冷たい風が吹きぬける。男の姿はもう何処にもなかった。
ただそこに、鶴峰山だけが、錯綜する思いを無視して聳え立っていた。
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