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最後の約束 |
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-6- |
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ぱたぱたと忙しげに回廊を駆け抜けていく足音が幾つも幾つも聞こえる。時折見覚えのある隊員の声が段取りを確認している、その脇を京楽はそっとすり抜ける。忙しない十番隊のいつもの日常風景。その働きぶりに目を細める。あの子供が、日番谷冬獅郎という名に恥じぬ雄雄しい少年が、この隊を率いるようになってからの年月。隊として、力を取り戻していく奇跡を京楽は今でも感じている。隊長という名に、魅せられていく死神の姿も。
「離散しかけた隊をここまでまとめたんだからたいしたもんだよ。」
ねぇ、そうだろう?
続く言葉を飲み込んで反対側の回廊でそっと立ち尽くす隊長席は互いの顔を見合わせた。京楽のおどけたような笑いは、表情と相打って真摯な眼差しで目の前に立つ白哉を見ている。その瞳は、君もそう思うだろう?と安易に語っている。白哉はそっとその瞳から視線を逸らして再び十番隊の詰め所を振り返った。あの子供に、渡すべきではない、と逡巡した自分の手元にあった手紙を託した恋次の姿が十番隊舎から出てきて、六番隊へ続く回廊の奥にそっとその姿を消す。
「阿散井君、行かせたの?」
不思議そうに問う京楽に白哉は何も答えなかった。元より、何も伝える気などない。同僚としての長い時間の中で、その性質を知り尽くした京楽もそれ以上の言葉をのせず、変わりに違う言葉を重ねる。
「日番谷君の今日の出陣に、君が反対しなかったのは意外だったよ」
それ以上の意味はない、とただ驚く京楽も日番谷の今日の出陣に反対しなかった一人だった。あの定例会議で、まるで記号を読むような抑揚の無い声で山本が読み上げた虚の名前を聞いた瞬間、自分を含め、少なくとも幾人かの人間の瞳に揺らめく何かを見たのに。 「・・・・兄も反対しなかっただろう。」 「卯ノ花ちゃんや君がしないのに僕がしても意味はないだろう。」 「・・・・。」 「東仙や駒村はあの戦に日番谷君がいた事は知らないし、砕蜂はこの間までは裏挺隊にいたから、安易過ぎると反対したんだろう。日番谷君が彼らの言葉を聞くわけがないよ。・・・・・結果的に”彼”を見捨てる形になった山じいの意見もね。唯一耳を傾けるとしたら、日番谷君の元上官だった君だと思っていたんだけど。」
白哉はそっと目を閉じる。 死神としての生を歩き始めた永き時。その間であの子供の上官であった月日など瞬く間だ。どれだけの才があろうと、どれだけの力があろうと、卒業したての新入死神など、名前も知らず、心にも何も残さずに、通りすがっていくだけの存在だったはずなのに。日番谷も同じに。
「・・・それでも、アレは行くだろう。」
たった一人。 戦場に向かったあの日と同じに。
あの戦の果てに日番谷の心に根付いたものの存在を白哉は知っている。それは戦場に送り出す隊員を見送る下位の死神の目に宿る。斬魄刀を手にした者たちの目に宿る。戦場で仲間を思って振り返るその眼差しに宿る。前線で誰かに思いを馳せるその心に宿る。決して何者にも膝を折らない暖かさで、それはあの子供の中にもある。
それをずっと見てきた。
「兄も、余計な事をしても無駄だと思うが、」
白哉の視線の先に阿散井の後を追うように、十番隊舎を後にする伊勢の姿があった。その姿を確認して京楽は、困ったね、と肩をすくめて笑う。自分がしようとしていたことなど全てお見通しなんだと言わんばかりに白哉は不機嫌に目を細めるばかりだ。足音も立てずに歩き出す。その白哉の背を、視線だけで京楽は追った。
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