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最後の約束 |
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頼みがあると珍しく日番谷から言われたのは翌日の執務室でのことだった。乱菊は日番谷のそれを聞いて、顔を綻ばす。それを見て少し険しい表情になった日番谷を無視したまま乱菊は喜んでそれを受け入れた。 昨日の試合が嘘のような穏やかな日常。いや、思い違いでなければ、昨日までなかった”何か”が十番隊の中で確実に芽生えていた。 隊員達が働くさまに、穏やかに視線を落とす日番谷がいる。
「結束力が増しましたね。」
ぽつり、と乱菊が呟くと、日番谷は振り返った。今自分が思っていたものを言い当てられ、一瞬驚いた表情を日番谷は見せた。すぐに息を吐き、再び隊員達に視線を向けると日番谷は少しだけ笑う。 「・・・・そうだな。」 どこからか、笑い声が聞こえた。 昨日片付けられなかった仕事を嫌がらせのように乱菊の机の上に置きながら、日番谷もただ目の前に置かれた仕事を片付けていった。穏やかな日常の中に確かに昨日までとは違う何かを感じながら。
現世駐在を望んだ青年は、明後日にも旅立つ手順が整えられた。服役を望んだ資料室の青年は、その後任を手配した後で、復帰を果たす予定になっている。それから昨日までと違うものがもうひとつあった。それは三席を筆頭に朝練を行うことになったことだ。自主的なものではあったが、志願したものは多いらしい。
「頼もしいこったな・・・」
思わず呟くとこちらを向いて笑う乱菊と目があった。思わずしまった、という表情で日番谷は肩をすくめる。ふと、何かに気付いたように乱菊は少しだけ声を潜めた。手の中にある書類に目を落としながら、それを告げる。 「・・・隊長、ひとつ聞いてよろしいですか?」 その声に日番谷は顔を上げた。 「雛森に、あの話は。」
日番谷は、乱菊の口から出る幼馴染の名前に刹那逡巡した素振りを見せた。けれど、短い息を吐き、いや、と完結にその答えを口にする。伏せた目で何かを思うように、少しだけ笑った。
その選択肢を考えたことがない、と言ったら嘘になる。 けれど、あの幼馴染は何ひとつ知らない。間接的にそれを知る事はあっただろうけれど、自分の口からは何も語ることはなかった。 「そうですか・・・。」 日番谷の答えにひどく納得したように乱菊は答えた。 近しい者だからこそ余計な心配をかけたくない。 そんな風にいうつもりなどなかった。それよりももっと自分の思いは浅ましい。自分勝手な思いだけで、その選択肢は選び取らなかった。長い間ずっとそれだけはできなかった。勝手な想いだった。 「あいつは怒るだろうな。」
何も知らずに、笑いかけてくれる幼馴染に救われていたなど。
□
その夜半、日番谷は人気のない回廊を歩いていた。足音すら響かせず、流れる風にゆれる草木の音だけがする中を、一人で歩いていた。闇を照らすのは月の光だけだった。見上げれば、雲もない空に星が瞬いていた。やがて一つの扉に辿りつく。指先でトン、と押すだけでそれは開いた。部屋に灯る明かりはなく扉の隙間を縫うように滑り込んだ日番谷の姿もその暗闇の中に溶け込んだ。ジ、ジ、と不快な機会音が耳に触れる。青白いモニターの光に淡く照らされた小さな室内は雑然として、まるで倉庫のようだった。その場所に一人の男がいる。モニターの前にある机につっぷしていたその男の背後に、日番谷は歩み寄った。やがて、その距離があと数歩、というところで机につっぷしていた男が突然振り返る。 「・・・あぁ、あんたか。ったく。気配殺して背後に立たねぇでくだせぇ。心臓に悪ぃ。」 欠伸を噛み殺す男に日番谷は苦い笑いをもらした。 「すまない、阿近。」 その部屋は技術開発局の離れにある一室だった。僅か四畳あまりの空間。壁一面のモニターに砂嵐が走っている。簡素な机には山積みの紙と、薬品のようなものが無数に転がっていた。今まで阿近が突っ伏していた机の上に無造作に置かれたそれらの中に、見覚えのあるものが目に入った。透明な黄褐色をしたそれは今更ながらよく見ると琥珀のようにも見えた。 「あんたが持ち込んだ”もん”だいたい調べはついてますよ、」 「そうか、」 気だるげに頭をかく阿近はプツリとモニターの電源を入れる。そこに現れる映像に日番谷は食い入るような、視線を向けた。 「・・・あんたが調べた資料よくできてますよ。よく調べたもんだ。」 「それで、結果は。」 「クロ。」 「・・・そうか。」 阿近はまたひとつ欠伸を噛み殺した。日番谷は苦笑を漏らす。いつだったか京楽が、言っていた言葉は本当だったんだな、と冷めた思考の中で考えた。 「チョイとコネ使って実物も借りてきましたけど、全く質は一緒ですよ。黎明石です。千年前に滅んだ種族が体ン中に飼ってたもんと一緒です。ただ、あんたが持ち込んだもんは圧倒的に小さいってだけっすかね。普通の黎明石は掌くらいある。それが不思議なもんで体の器官としての働きを持ってる。普通の石じゃねぇですよ、もちろんその能力のことじゃねぇ。石がちゃんと臓器として成り立ってんですから。それが、丹田に位置する所に埋められてる。あんたが調べたもんと一致します。ただ、この石は発見されにくい。これを埋めてる本体が死んじまえば、石は体の臓器の一部に溶けちまう。死んだ人間解剖しても石は出てこねぇ。かといって体ん中に埋まってるもんは普通には気付かねぇでしょう。石として取り出せるのは、生きてるうちだけです。」 日番谷は苦い笑いを漏らした。 「・・・お前たちからそれを知るのは、皮肉だな。」 「この種族が人体実験されてたのは大昔の話だ。俺は関係ねぇ。」 阿近はめんどくさそうに煙草をくわえると、カチリと火を灯した。赤く熱をもつその先から紫煙が立ち昇り日番谷の鼻先を掠めた。 「・・・この石について話しても?」 「あぁ。頼む。それが聞きたかった。」 「魂を奪う、とはよく言ったもんですけどね、あの種族の中でも元々石を持って生まれてくるものは少なかったようですね。これをもって生まれたものは”リシ”と呼ばれる。記憶を受け継ぐ者という意味合いだろうと。それ以外のものは”ゴートラ”と呼ばれて”リシ”を守護するものですね。」 「・・あぁ、古語だな」 「知ってるんですか、俺は古語は詳しくねぇんですよ。言語は苦手でね。」 「真央霊術院で、かじったぐらいだ。滅びた言葉覚えたって意味はないからな。」 「・・・まぁ、そうですね。話、戻します。この石を持って生まれてきたものは、一族で代々受け継がれてきた記憶を伝承する。伝承され続けた記憶は一つじゃないようですね。つまりこの石の能力を記憶の保管庫として使ってたようです。それこそ何代も前からの膨大な人間の記憶を伝承し続けていた。噂ではそれこそこの世界が創造された頃の神の膝元にいた人間の記憶だ、と。」 「・・・・・・。」 「・・嘘だと思いますかい?まぁ、結局真意は明らかじゃねぇ。神さんの記憶を持ってるってそう言ったがためにこの種族は四十六室に滅ぼされちまったんですからね。元は大人しい種族だったようですが。」 「・・・神か。仮にも神の名前を語る俺達には耳が痛くなる話だ。」 「驕り高ぶった連中がいたんでしょう、四十六室には。自分が”神”だと。」 「・・・・・。」 「・・で、あんたが持ってきた石が、虚の腹ん中にあったってのは本当ですかい。」 「あぁ。・・・能力も一致する。記憶を浮上させて奪っていく。ただ。お前が言っているほどの記憶量じゃない。浮上する記憶は、断片に過ぎない。」 「それはきっと石が小さいせいです。本来の大きさなら人の一生分の記憶は根こそぎ捕らえます。それこそ何百人も。」 「記憶が拘束されれば、生まれ変われないというのは?」 「それも正しいでしょうね。魂ごと記憶を石に封印してるわけですから。この中途半端な大きさの石だとその一部、といったところですかね、そうすると厄介ですよ。残りの魂は浮遊してるほかにない。・・・それに、本来滅びた種族が記憶の保管庫してこの石の能力を使っていた時は、生まれ変わる必要などなかった。何より伝承が優先されますから。ただ、」 「・・・・・・・。」 「あんたコレが知りたかったんでしょう、石から魂が解放できるか。」 「あぁ。」 「答えはイエス。あんたがこの石を虚の体から生きたまま取り出した時点でそれはできてる筈です。ただたまに石に記憶が残ることもあるようです。」 阿近の言葉に日番谷は一度だけ目を伏せた。 「・・・あんた、なんでコレが虚の中にあると?」 阿近は短くなった煙草を手元に置いてある灰皿に押し付けた。すぐに二本目に火をつける。日番谷が静かに目を落とすと灰皿の中には溢れそうなほどの吸殻があった。 「・・・お前、ここ最近頻繁に出没する特殊能力を持つ虚のことは?」 「あぁ、聞いてますよ、俺は見たことねぇけど。」 「俺が始めてその能力を持ってる虚と会ったのが、そいつだった。初めて戦った時にその虚は俺に言ったんだよ。アハム シャルベーシャ アスミってな。」 「・・・・・。」 「滅びた言語だと、すぐに気づいた。調べたさ、その言語を使ってた種族を手当たりしだいな。公用語を使う人のが圧倒的に多いんだ。・・・滅びた言語を使う同じような能力を持つ滅んだ種族には、すぐたどりついた。調べれば調べるほど、虚の能力はその種族に酷似していた。」 阿近は日番谷の言葉に少しだけ思案に沈んだ。 「・・・正直、虚の中にこの石がある可能性を技術者として考えると、ありません。仮にその種族が虚化したとしてもその過程で人としての”死”は免れねぇ。石はそこで溶けるはずです。・・・実例もありませんし。それにこの石をあんたが言ったみたいな使い方をするのは、母体に少なからず影響します。そう何度も頻繁に使える能力じゃねぇ。先に母体の精神がヤラれちまいますよ。」 「・・・阿近、ひとつ可能性を聞きたい。」 「何ですかい、」 「これを意図的に虚の体に埋め込むこんで力を使うことは可能か?」 阿近は座っていた椅子をキシリと鳴らして日番谷と向かい合った。見下ろされた視線をにらみ上げるように見返しても日番谷から向ける強い視線は逸らされない。やがて、沈黙を破る阿近の声が暗い室内に溶けるように紡がれた。 「此処は、酔狂な人間が多いってんで他隊から敬遠されがちなんですがね、確かにその通りだ。気チガイは多い。けど、俺らにも越えちゃいけねぇモラルはある。」 「・・・・・・。」 「答えはノー。」 「・・・。」 「それは、人が越えちゃいけねぇ領域だ。・・・だけど、神を名乗るなら。」 「・・・・。」 「神を名乗るなら、その領域を踏み越えてもいいってんなら、・・・それは可能です。」
俺は神さんを名乗る気はねぇけどな。 そう呟いて阿近は頭をかいた。日番谷は合わさっていた視線を逸らすように瞼を伏せる。そうか、一言だけそう返した。
阿近は机の上に置かれた小さな石を持ち上げ透かしてみるように目を細めた。そして、日番谷の手の中にパン、と石を押し付けるように返す。 「あんたの持ってきた石の中身は空です。頼まれ事はこれで全部終了ってことでいいですか」 「ああ、」 「ったく。隊長って立場のやつは無理難題押し付けやがる。俺が刺されたらあんたに責任とってもらいますよ。」 「そうだな、」 「・・・軽く答えやがるな。正直あんたから直接依頼受ける日が来るとは思ってなかった。こういう裏で動くことは嫌ぇな人かと。」 「奇麗事だけじゃ、守れないことが多いからな、阿近・・・・」 「礼はいらねぇ、って最初に取引した時に言ったな。こっちだってもらうもんはもらってんだ。仕事と割り切りましょーや。」 「お前には断わることもできた。」 「・・・・別にあんたの為ってわけじゃねぇ。ただ興味が沸いただけだ。”技術者”としてな。それでいいじゃねぇか。めんどくせぇ話はこれで終わりだ。」 日番谷はふ、と息をこぼすように笑った。手の中に預けられた石を握り、くるりと踵を返す。軽く手を振って、歩き出す日番谷を阿近は一度呼び止めた。日番谷は顔だけで振り返る。モニターの灯りだけの室内で阿近の表情は見えなかった。 「・・・あんたその石どうするつもりだ。」 「どうもこうもしねぇよ。中身が空だと確認できれば用はない。何も知らねぇふりして、隊首会で総隊長に提出するさ。どうせ、四十六室辺りが保管するだろ。」 「えれぇ騒ぎになりますぜ、なんせ千年前から見つかってないシロモンだ。小せぇとはいえ、正真正銘黎明石ですからね。それが、虚の体ん中にあったとなりゃあ、」 そう。遅かれ早かれ、いずれ、誰かがこの作為的に作られた虚の存在に気付くだろう。
「・・・起こすさ。騒ぎをな。」
日番谷は前を向いて歩き出した。白い隊長羽織が夜の闇の中で翻るように揺れていた。
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翌朝討伐から帰還を果たして初めての隊首会で、十番隊隊長が提出したその石は上層部を中心に衝撃を走らせた。重い扉が開かれ会議の終了と共にそれぞれの隊長格は各隊舎へ足を踏み出す。
藍染は人気のない回廊を歩いていた。 青い空が見え、柔らかい風が回廊を駆け抜けていくその場所は五番隊へ続く道だった。その藍染の後ろを追うように歩く長身の三番隊隊長の姿もあった。不思議と二人以外その場所を歩いているものはいない。穏やかな風が流れているはずのその場所は見ただけではわからない剣呑な空気に満ちていた。 「彼を侮っていたようだ。」 藍染は振り返らずに言葉を紡いだ。 「彼を仲間に引き入れる計画はナシだ。代わりに彼には違う舞台を用意しよう。そう、彼にだけ特別な舞台を。」
いいね、市丸。
一言肯定の返事が返ってくると共に、藍染の後ろにあった気配は消えた。その瞬間、風が流れていくように人のざわめきが響いた。藍染の前を幾人かの年若い隊員たちが通り、頭を下げて挨拶をしていく。それに笑顔で答えながら、藍染はゆっくりと歩き出した。
この日提出された小さな石が、特殊能力を持つ虚の生態を知るきっかけの一つになるのは、それから数ヵ月後の話。
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