最後の約束

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「試合は日番谷対する挑戦者の一対一で行うものとする。時間制限は無し。試合の勝敗は、有効打突を2本先取した者。場外又は武器が手元からなくなった時もしくは折れた時。 試合続行不可能と審判が判断した時とする。斬魄刀を持ちいらない代わりに、竹刀を代用。鬼道の使用は不可。試合中の日番谷の言論は許可されない。

 

 尚、試合中のみ挑戦者の発言権が行使されるものとする。」

 

 日番谷は目の前で淡々と紡がれる副官の声を頭を抱えて聞いた。

 

 

 

 

 

 

 やけに不自然な会話が目の前で行われたのは執務室に足を踏み入れて間もなくだった。今思えば、遅刻が珍しくない副官が今日はやけに早くから執務室にいた事を何故かと問うべきだったか。

 真剣な表情で乱菊は何やら書類に視線を走らせていたが、コンコンと控えめに叩かれる執務室の扉の音がすると、素早く身を翻した。空けられた扉の奥から姿を現したのは十番隊の三席だ。いつもならすぐ視線を合わせられていたはずなのに、三席はこの時、日番谷をみようともせず、視線を少し伏せていた。そう、後ろめたそうに。あまり気にせず仕事をし始めていた日番谷の耳に二人の会話が聞こえてくる。

 

「それで、何人集ったの?」

「42名です。」

「あら、意外に集ったのね。じゃあ、私をいれて43人ね。」

「松本副隊長・・・本当にいいのでしょうか。これほどの人数をお一人で相手をしてもらうなど。」

「やーね。そのために四番隊から診察結果までもらって、尚且つ協力者まで得たのよ。」

「そうですが・・・。」

「それで、修練場の許可は?」

「降りております。先に準備に向かったものが手はずを整えているでしょう。」

「例のものは?」

「ええ、ここに。」

 

 そこまで、会話が繰り広げられている所で、日番谷は二人に声をかけた。ただ呼び止めただけの小さな声にびくりと体を振るわせたのは三席だった。ここで、何かを気付くべきだったか。けれど、日番谷は疑うことなく何か仕事で問題が起きたのだろうかと、二人の元へ足を踏み出した。と、その時いつもどおりの声で日番谷隊長、と呼んだ乱菊が振り返った。その手から今三席から受け取った紙袋のようなものがするりとこぼれた。あ、という声と共に、乱菊と日番谷の間を紙袋がとさりと落ちる。視線が落ちていくそれに流れる。とさりと、軽い音をたて、それは床で静止した。そのあまりの自然さに思わず落ちた紙袋を日番谷は拾い上げた。

 しっかりと拾い上げてしまった。

 全く、しっかり握ってろよ、と心の中で悪態をついた自分を愚か者と罵りたい。紙袋を持ち上げ顔を上げた日番谷の前で佇んでいた十番隊副隊長は妖艶と言っていいような笑みをこぼした。

 

「拾いましたね?」

「え?」

 

 念を押した声に不吉な予感が走った。更に笑みを深めた乱菊は目の前で困惑気味の日番谷に白い紙の束を手渡す。かさりと乾いた紙の音が耳をなでた。

 

「四ツ刻。第四修練場へお越しください。では、後ほど。」

「は?」

 

 状況が飲み込めぬ日番谷を執務室へ残し、戸惑ったままでいた三席を引っ張って十番隊副隊長はあっけなくその場から姿を消した。

 

 日番谷はしばし副官が姿を消していった扉を眺めたまま呆然としていた。頭の働かないまま、さっき手渡された白い紙の束を見下ろす。そこに走っている文字に目を見開き、思わず額に手を添え日番谷はすっとんきょうな声を上げた。

 

「果たし状?!」

 

 それは、十番隊員43名からの果たし状。

 

 

 そして日番谷が、乱菊が落とした紙袋の中身に呻いたのは、さらに数分後のこと。

 その袋の中にはご丁寧に43枚分の決闘手袋が納められていたのであった。

 

 

 つまりは、この決闘手袋を不用意に拾い上げた時点で、決闘は承諾されたとみなされたのだ。

 

 

 

++

 

 

 

 そうして修練場に足を踏み入れた日番谷の前に待ち構えていたのは、胴着を着込んだ42名の十番隊員と副官松本乱菊、そして、立会人四番隊第八席荻堂春信なのであった。

 

 日番谷は荻堂の姿を見た瞬間、何故お前が此処にいる!?と非難の目を向けた。それをさらりと流し、ひらひらと手を振って笑いかけた荻堂が日番谷に放った言葉に日番谷は再び絶句した。

 

「疲れや怪我なら僕が治してあげますから、思う存分戦ってくださいね。」

 

 そんな日番谷に追い討ちをかけるように、隊長!よろしくお願いしまーす!と頭を下げた42名の隊員達の声に日番谷は呪いの言葉を吐きたくなった気持ちを押し殺し、目の前で淡々とルールを述べる副官を今すぐ張り倒したい衝動を押さえ、なんとかこの事態を飲み込もうと頭を抱えていた。手渡された果たし状。つまりは43人との決闘だ。

 

「以上、隊長の準備が整い次第試合を始めたいと思います。」

 

 日番谷の苦悶をよそにやけに明るい声音で締めくくられる言葉に日番谷は長い時間を要して顔を上げた。その日番谷の目に笑みを崩さない副官とその背後に控えた42人の隊員がいる。戸惑った者もいれば、明らかにこの状況を楽しんでいそうな者、ひどく生真面目に真剣な表情な者とその表情は様々だ。日番谷は弁明を求めるために乱菊の傍にいた三席に視線を走らせた。けれど三席はその視線の矛先を瞬時に悟ったのか、目が合う前に一瞬でそらされる。こめかみを押さえ、唸った日番谷は観念したように言葉を紡ぐ。

「あー・・・、つまり。試合形式で一対一で、お前らの相手をすればいいわけだな?」

「ええ。」

「試合中に俺に発言権はない、と。」

「はい。」

「それで、お前らの言い分を試合中聞いていろ、とそういうことだな?」

「そういうことです。」

 

 まるで、よくできました、と褒めるように乱菊は頷いた。日番谷は身を翻した。おや?と声が聞こえてきそうな視線に目をそむけ、壁に立てかけてあった竹刀を手に取る。一度深くため息を吐き、道場の真ん中まで歩いたところで隊員たちを振り返った。

 

「誰から来る。」

 

 日番谷のその声に、隊員達の間から小さな歓声が上がった。乱菊は微笑む。和らいだ視線が日番谷と合うと苦笑した表情で日番谷は見返してきた。

 我先にとはやるもの。

 とまどいがちに一番手は譲るもの。

 その全てを視線で制し、乱菊は壁にある竹刀を手に取る。先ほどとはまた違う小さな歓声のような声が道場に響いた。

 

「私から行きましょう。」

 

 日番谷のいる真ん中まで進み出て乱菊は竹刀を握り締めた。少し挑戦的な目を向けてくる上司を見下ろす。

「大将が最初に出てきていいのか」

「かまいません、発案は私ですから、先鋒は私がいくのが筋でしょう。隊長が負けても、病み上がりだったから、なんて言わないでくださいね♪」

「確かに、こんな奇怪なこと考えるのはお前のほかにいねぇな。」

 乱菊は微笑んだ。

 心得たように日番谷は審判を勤める隊員のほうへ視線を向ける。一瞬波が引くように訪れる静けさ。普段の稽古では絶対に目にかかることのできない隊長対副隊長という構図に好奇心を隠せない隊員達の視線が注がれる中で試合開始を告げる腕が静かに下ろされた。

 

「始め!」

 

 審判に向けられていた視線が流れるように乱菊に向くよりも早く日番谷の竹刀が抜刀術の姿勢をとった。音もなく瞬歩で踏み込んだ日番谷の体からふわりと白い羽織が舞う。乱菊はふ、と視線を自分の体の真下に落とした。やけにゆっくりとしたような時間。緩く伏せられた日番谷の瞼がすぐ傍にあった。その瞼が乱菊を見上げて開かれる。淡い翡翠の目を向け、日番谷は乱菊を見て確かに微笑んだ。

(馬鹿、)

 乱菊が心の中で呟くよりも早く、トンと腕に軽い衝撃が走り、日番谷の手のひらが乱菊の竹刀をたたき上げる。するりと手のひらをなでていった竹刀はいとも簡単に空中で弧を描き、カン、と地面に落ちた。そのあまりにも早い決着に、誰もが呆気にとられ、審判が試合終了を告げるよりも早く日番谷の声が響く。

 

「竹刀が手元から離れたときも負けだったな?」

 

 その瞬間試合終了の声と共に周りの隊員から大ブーイングが起こった。

 大人気ない!

 隊長の鬼!

 言を挟む時間も与えないなんて!

 その声も、言いようも、すさまじいものである。

 

「うるせぇ、こいつに何か言わせてみろ。給料上げろだの、休みをくれだの、ロクなこといわねぇぞっ!」

 日番谷のその言葉に隊員たちのブーイングはさらに白熱した。あーあ、負けちゃったわ、と当の乱菊だけ飄々と壁際まで戻っている。審判の元にいき、次から私が変わるわね、と淡々と準備に入ってしまった。

 

「文句のあるやつはかかってこい。試合中、全部聞いてやろうじゃねえか。そういうルールだろ?」

 

 挑むように告げた日番谷の言葉に、何人かの隊員が触発されたようにざっと立ち上がる。日番谷の言葉と、乱菊との試合で隊員達の闘争心は燃え上がった。

 かくして再び試合開始が告げられた。

 

 

「隊長!貴方という人は!時々そっけなさすぎます!」

「何故我々に相談もせずにお一人で勝手に決められてしまうのですか!」

「もう少し頼ってもいいのではないでしょうか」

「隊長、俺は貴方をいつか越えたいです。」

 

 

 なんとか言を挟もうと奮闘する隊員たちを次々打ち負かし、日番谷五勝目の勝利の声が上がった。既に死屍累々の山が築かれそうな不吉な予感が巡る中で日番谷の前に進み出た次なる挑戦者は、先日の紅峰の討伐で結界の任を受けた一人だった。回りの期待の声と共に開始を告げられる前に深く礼をし、挑むような眼差しで男は日番谷の前に立った。

 

「開始!」

 

 声と共に、男はかける。間合いを取りながら、隊長、と小さく言葉が漏れる。日番谷は黙って男を見ていた。やがて、ぐっと膝をまげて男が飛び込むように間合いをつめ竹刀を打ち下ろす。日番谷がそれを眼前で竹刀でうけ止めると男は日番谷をまじかで見下ろし、言葉を紡ぐ。

「隊長、・・・現世7048地点の虚討伐の任はまだ誰も受けてない、とお聞きしたのですが、」

 男の声に日番谷は肯定するように無言で頷く。ぎりぎりと膠着状態を続けながら、日番谷が頷くのを見た男は、パっと後ろに飛び去ると同時に、竹刀を振り払い再び声を紡ぐ。再び踏みこんだ体から竹刀が繰り出され、カンと鈍い音で容易く軌道が変えられる。

「あれを俺に受けさせてはもらえませんか。」

 男の言葉と共に振り下ろされる寸前だった竹刀が日番谷の竹刀で打ち払われる。腕に強い衝撃が走り、男の手から竹刀は勢いよく飛んでいく。さっと体勢を立て直すと共に「日番谷、勝利!」と叫ばれる声を背中で聞いた。まっすぐに視線を逸らさずにその場に立ち尽くした男を日番谷もまたまっすぐに見返した。そういえば、試合中でなければ声を出してもいいんだったな、とやけに冷静に思い日番谷は言葉を紡ぐ。

「あそこは虚の質も高い。お前にはまだ早い。現世の討伐を経験したいなら他の場所を手配してやる。」

「あそこが過酷な地域だというのは知っています。だからお願いしたいのです。」

「・・・だから?」

 日番谷の眉間が少し深くなる。怯まずに続ける男の声がやけにはっきりと日番谷の元に届いた。

「先日の紅峰で俺は自分の力の応用力のなさを思い知りました。同時に強くなりたいとも。俺に今必要なのは、そういう過酷な場所での”経験”です。俺に受けさせてください。」

 しばし、睨み合うように視線を交わし、諦めたように日番谷はため息をこぼした。

「最初の2週間だけもう一人同伴させる。それでいいな?」

「はい!」

 それ以降も次々と挑戦者は日番谷の前に立ち、戦いを挑み、日番谷に言葉をぶつけていった。彼らは時に非難や不満の声を漏らし、時には賞賛を歌い、時には何かを懇願した。たった一言漏らして負けるものも。奮闘して幾度と同じ言葉を紡ぐ者もいる。ただ純粋に戦闘に集中して言を挟まぬものもいる。その一人一人に声もなく向き合う日番谷を壁に寄り添うように見ながら、荻堂は隣にいた、乱菊に声をかける。視線を日番谷から外さぬまま。

「乱菊さん、聞いてもいいでしょうか。」

「なーに?」

「何故このように隊員と隊長をぶつけ合わせるようなことを?」

「必要だったから。」

 乱菊は振り返らぬまま答えた。まるで聞かれるのを分かっていたかのようによどみなく告げられる言葉。必要だったから。十番隊にとって。そこに集まる隊員たちにとって。自分自身にとって。そしてきっと日番谷自身にも。

 必要だったから。

 何かを納得したように荻堂は黙った。もう何度目かの治癒を日番谷に施している。意識のある彼とこれほど近くで言葉を交わしたのはかの戦いから数えて何度目かのことだ。荻堂は道場の真ん中で額の汗ををぬぐう日番谷を見て静かな息をこぼした。

 

 かつてみた十番隊の終焉。

 けれどそれすらも留めようはない。

 そこから始まった今に。十番隊の姿は何度目かの奇跡の果て。

 

 それを芽吹かせたのは。

 

 

 わ、っと小さな声が道場内で起こり、カラン、と何かがはじかれる音が響くと共に竹刀が舞う。隣で立ち上がった乱菊が右手を挙げ、決着のついた試合の勝利を告げた。

 

 

「日番谷!勝利!」