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最後の約束 |
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息が詰まるような、胸の苦しさを覚えた。
日番谷は、目の前に捧げられるようにして青年の手に乗せられている斬魄刀を凝視する。 ふと、何かに気付いて上げられた視線が、いつの間にか近くまで来ていた三席と合わさった。
「・・・!」 キィン、
と、大気を響かせる刀身が鞘を走る音がする。 今、青年がした動作と全く同じ仕草で、三席は日番谷の前で膝を折り、斬魄刀を指先の上に乗せた。 弾かれたような音が、再び耳をなでる。何度も、それは重なり合う。さまよわせた視線が、三席に続いてざ、と膝を折った何人かに止まった。 そして、また鞘走る音が何度も重なり合う。
あ、
と、思う間もなく全ての隊員が、日番谷の前で膝を折った。
大気に満ちる静寂。
何本も目の前で掲げられた斬魄刀が光を照り返し、キラリと不思議な輝きを持ったまま、ただ目の前に捧げられている。 何も言うことなどできなかった。 ただ緩やかに窓から吹き抜けていく風の冷たさだけが道場にさらりと音をこぼした。
□
かつて
こんな風に、己の剣を捧げたことがある。 たった一つこの世界に存在するという、この魂の片割れであるという斬魄刀だけをこの手に抱き、その人の膝元に膝を折り、額を伏せて、この剣を捧げます、と。忠誠を誓います、と。 あの人の元で。
剣を。 (嗚呼、)
日番谷は呻くような声を殺し、瞼を伏せる。
満ちる。 満ち満ちていく想いが、溢れる。
(隊長、) 思わず呼んだ。
まるで祈るみたいに、隊長、隊長、とそれだけを繰り返した。 (隊長、) 捧げられる剣に、かつての自分が見えた。 真摯に向けられる思いすら重なり合って、あの日の夕暮れに、心が染まる。
与えられる言葉と、受け入れられた想い。 あの日の自分は、あの人の為に戦い抜けることを、信じて疑わなかった。そして、その思いはあの日、あの人が受け止めてくれた。
今ここでこうして剣を捧げる彼らの前に立つ自分に、かつてのあの人の姿が重なる。
(貴方は、あの時、) こんな気持ちだったのか。 こんな、気持ちだったのか。
胸に溢れる思いをかみ締めるように日番谷は死覇装の胸元を握り締めた。許されるのなら、この膝すらもこの場で折って、そうして声を上げて、泣き喚いてしまいたかった。捧げられる剣に、向けられる思いに、どうしようもなく、いとしさが募った。
―な。馬鹿ばっかりだろ。
ふい、に伏せた瞼の裏に、ふわり、と風がそよぐように、一人の男の姿が見えた。 飢えた虎、と心の中で呼んだ声は、押し寄せられる思いに声にならない。 戦いの前日。 長身の背を少しかがめて、目の前に立っていたあの人。 殉死の覚悟を抱き、隊長と共に戦うことを決めて残った自分達をそう言って笑い、けれど何処かで隊長の元で戦えることにこれほどの喜びはないとでも言うかのように誇らしげだった。 ただ一人の人に忠義を示し、死すら厭わなかった彼らの姿が次々と蘇る。かつての十番隊隊士達の姿が。あの日の風景が。 色鮮やかに。
―馬鹿ばっかりだな。
もし、彼が今ここにいたならば、きっとそう言って笑う。今ここで剣を捧げる彼らを見下ろし、少し癖のある笑い方で声を上げて笑い、
ああ、お前のとこに集る奴も、馬鹿ばっかりだなあ、
きっとそう言って、あの人は、笑う。 瞼に蘇る男は、あの時のように日番谷の頭をなでるそぶりをして、やがて消えていった。
瞼を上げる。 集った隊士はあの頃の十番隊とは違う。誰一人として、同じ人はいないのに、それはわかっているのに、あの頃の十番隊の姿が確かに日番谷には見えた。
(会いに行こう。)
ふいに、湧き上がるように言葉が胸に流れた。
会いに行こう。 約束の果てに、いまだ辿りつく場所は知らない。 それが何処かをまだ探しあぐねている。その答えを出すことなど、もうずっとできないのかもしれない。けれど、会いに行こう。会ってしまえば、掻き立てられる想いにきっとどうしようもなくなって、想いはあの日に戻され、溢れる想いに再び泣くのかもしれないけれど、それでもいい。
約束の答えは、これから先の未来の中できっと紡がれていく。
日番谷は、視線を巡らす。
配属されてからずっとこの隊に居続けたものも、途中で移籍してきたものも、様々だった。女も男も、年若いものも、そうでないものも。
”彼ら”が十番隊だ。
見渡した隊員達の捧げられる斬魄刀全てに視線を落とし、日番谷は震える声を紡ぐ。
「・・・その証を持って、剣を収めよ。」
ザッ、と鞘に剣が収められる音が響いた。
見えるのは明日への希望、 強い意志、 迷いのない凛とした彼らの姿。
これから先、何があろうとこの日の誓いに立ちかえれば、越えられないものなどない気がした。
ここから、 今此処から未来は、始まっていくのだから。
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